大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和42年(ワ)1843号 判決

原告

岡本三男

ほか三名

被告

日の丸自動車興業株式会社

主文

被告は、原告岡本三男に対し金一三一、二三〇円、原告岡本新一、原告岡本三代子に対し各金四〇、〇〇〇円、原告北村きよに対し金二〇、〇〇〇円及び右各金員に対し昭和四二年一二月三日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求は、いずれも之を棄却する。訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告岡本三男(原告三男という)に対し金二、九〇三、一九五円、原告岡本新一(原告新一という)に対し金二、〇五〇、〇〇〇円、原告岡本三代子(原告三代子という)に対し金二、〇五〇、〇〇〇円、原告北村きよ(原告きよという)に対し金一五〇、〇〇〇円及び昭和四二年一二月三日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、当事者

1  原告三男は、被害者亡岡本君代(被害者君代という)の夫であり、原告新一はその長男、原告三代子はその長女、原告きよはその実母である。

2  被告は旅客運送を業とする株式会社である。

二、事故の内容

被害者君代が、昭和四二年八月二五日午後四時頃、横浜市中区本牧町一丁目九番地先、市電本牧一丁目停留場の安全地帯に立つているとき、麦田方面より小港方面に向つて進行中の被告の従業員である訴外笠井酉之介(訴外笠井という)の運転する事業用普通乗用車(横浜5か五三七八号、被告車という)に接触され、その場で転倒し、翌二六日頭部外傷に起因する脳挫傷により死亡した。

三、得べかりし利益の算定

1  被害者君代は、原告三男と昭和一九年結婚したものであるが、その実父である亡訴外北村一郎が文房具商を営んでいたところから、その援助をうけ、昭和二三年原告等肩書地で文房具商を始め、爾来岡本紙文具店の商号で、その経営の衝に当つて来たものである。

2  被害者君代の所得は、昭和三九年度金七二九、九九九円、昭和四〇年度金七九七、九二四円、昭和四一年度金七六九、九四九円であるので、一ヶ年の平均所得は金七六〇、〇〇〇円を下らないものである。

3  被害者君代の生活費は、一ヶ月金一五、〇〇〇円を越えないものであるから、(昭和四二年七月東京都生計調査報告によれば一世帯三・九八人の実支出は金四七、八五二円である)一年間の得べかりし利益は、金五〇〇、〇〇〇円を下らないものである。

4  被害者君代は事故当時四一才であるのでその余命年数は三三・四六年(第一〇回生命表)であり、被害者君代の商売上少くとも六五才までは稼働可能であるので、今後二四年間働けた筈である。よつて、ホフマン式で計算すれば、被害者君代の得べかりし利益は金七、五〇〇、〇〇〇円を下らないものである。

四、慰藉料

1  原告三男は、横浜商業専門学校卒業後、昭和一九年一一月二五日婚姻し、長男新一、長女三代子を得たが、その間大昭和製紙、西日本パイレーツ、大洋ホエールズ等野球関係に就職したので、家事、家計一切を被害者君代に委ねてきたものである。野球関係退職後は、被害者君代が経営している文房具商の手伝いをしてきたが、営業関係はよくわからず、今後の子弟の教育、家業の遂行に如何に対処すべきか、その方針を定めるのに苦慮している状況にある。原告三男の慰藉料は金一、〇〇〇、〇〇〇円を相当とする。

2  原告新一は、現在一橋大学商学部一年在学中であり、原告三代子は横浜女子商業学園三年在学中であるが、母を失つた慰藉料は各金五〇〇、〇〇〇円が相当である。

3  原告きよは、被害者君代の母であるが、その長女であつた被害者君代を最もいつくしみ、結婚後も自分の家の近くに店を開かせた程であるが、老令に至り子を失つた慰藉料は、金三〇〇、〇〇〇円が相当である。

五、葬儀費用

原告三男は、喪主として被害者君代の葬儀のため、別紙のとおり合計金三五三、一九五円を支出した。

六、強制保険よりの賠償

原告ら四名は、所謂強制保険より金三、〇〇〇、〇〇〇円の補償をうけ、原告三男、同新一、同三代子は各金九五〇、〇〇〇円を受領して、各被害者の得べかりし利益の相続分に各充当し、原告きよは金一五〇、〇〇〇円を受領してその慰藉料に充当した。

七、原告らの損害について

1  原告三男の損害は、被害者君代の得べかりし利益の三分の一である金二、五〇〇、〇〇〇円より金九五〇、〇〇〇円(強制保険の分)を差引いた金一、五五〇、〇〇〇円と、慰藉料金一、〇〇〇、〇〇〇円及び葬儀費用金三五三、一九五円の合計金二、九〇三、一九五円である。

2  原告新一、同三代子の各損害は、被害者君代の得べかりし各三分の一である金二、五〇〇、〇〇〇円より各金九五〇、〇〇〇円(強制保険の分)を差引いた各金一、五五〇、〇〇〇円と各慰藉料金五〇〇、〇〇〇円の各合計金二、〇五〇、〇〇〇円である。

3  原告きよの損害は、慰藉料金三〇〇、〇〇〇円より金一五〇、〇〇〇円を差引いた金一五〇、〇〇〇円である。

〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告らの請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁として次のとおり述べた。

原告ら主張の請求原因事実中、被告が旅客運送を業とする株式会社であること、被害者君代が、その主張の日時、横浜市中区本牧町一丁目九番地先で、麦田方面より小港方面に向つて進行中の、訴外笠井の運転する被告車と接触し、その場で転倒し、翌二六日頭部外傷に起因する脳挫傷により死亡したこと、原告らが強制保険により金三、〇〇〇、〇〇〇円の補償を受けたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

被告の主張

一、本件交通事故は、被害者君代が安全地帯から急に飛び出た過失に基くもので、訴外笠井及び被告は無過失である。そして、被告車には、構造上、機能上なんらの欠陥もなかつた。

二、右免責が仮りに認められないとしても、被害者君代には、右のような過失があるから損害額の認定に当り考慮さるべきである。

〔証拠関係略〕

理由

一、被害者君代が、その主張の日時横浜市中区本牧町一丁目九番地先で、麦田方面より小港方面に向つて進行中の訴外笠井の運転する被告車と接触して転倒し、頭部外傷に起因する脳挫傷により死亡したことは、当事者間に争いがない。

二、訴外笠井の過失について判断する。

1  〔証拠略〕によると、訴外笠井が被告車で、時速四〇粁の速度で進行中、進行方向左側の本牧一丁目市電停留所安全地帯に被害者君代が立つているのを約一〇〇米前方に認め、その際は、多少動いているような気配があつたが、約三〇米手前迄近ずいた頃は、小港方面に向いて動かなかつたので、道路を横断することはないものと軽信し、徐行することなく、アクセルペタルから足をはなしただけで漫然進行したところ、被害者君代が、道路右側に向つて急に一歩をふみ出しはじめたのを約三・四米の近くで認め、急いでハンドルを右に切つたが間に合わず、被告車の左側前部を接触(接触については争いがない)させたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠もない。

2  道路交通法第七一条第三号によると、「道路の左側部分に設けられた安全地帯の側方を通行する場合において、当該安全地帯に歩行者がいるときは、徐行すること。」と定められている。ところが、右認定のとおり、訴外笠井は徐行を怠つて本件交通事故を惹起したものであるから、これに過失があることは明白である。

三、被告が旅客運送を業とする株式会社であることは当事者間に争いがない。前顕甲第九号証の一二によると、訴外笠井は、被告会社のタクシーの運転手で、タクシー(被告車)を運転中、本件交通事故を惹起したことが認められるから、被告は自動車損害賠償保障法第三条によつて、原告らの受けた損害を賠償しなければならない。

四、損害

1  被害者君代の得べかりし利益

〔証拠略〕を綜合すると、被害者君代は、大正一四年一二月一五日に出生し、本件交通事故発生当時満四二才の健康な女子で、原告三男を補助者として文房具商を営み、その平均年収は金七六〇、〇〇〇円であつたこと、原告三男は、注文品の配達等の外商を担当し、その経営に対する労働寄与率は三〇パーセントであつたこと、従つて、被害者君代の平均年収は労働寄与率を七〇パーセントとして、金五三二、〇〇〇円となる。しかしてその生活費は、年平均金一八〇、〇〇〇円と推定できるから、これを差引き、年平均純益を算出すると金三五二、〇〇〇円となる。年令満四二才の者の就労可能年数は二一年であるから、その喪失利益の現在額を、年五分の年ごとに行う利息控除の方法によるホフマン式計算による係数一四・一〇四を乗じて計算すると金四、九六四、六〇八円となる。

2  葬儀費用

〔証拠略〕によると、原告三男は葬儀費用として、金三五三、一九五円を支出して同額の損害を被つたものと認められる。

3  過失相殺

〔証拠略〕によると、本件交通事故現場の道路は、全幅員約二一・二五米の歩車道の区別ある道路で、車道の中央に、横浜市営路面電車の軌道が上下線に敷かれており、下り線の本牧一丁目停留所(前記認定の被害者君代の立つていたところ)が島状の安全地帯で設置されている。そしてこの安全地帯に接して東南側には、本牧満阪方面から北方町方面に通ずる幅員約六・一米の道路と十字路をなした交差点があり、この交差点と右停留所との間には幅員四・九米の横断歩道が設けられていることが認められる。前記二の1で認定したとおり、被害者君代は近くに横断歩道があるのにこれを利用しようとせず、安全地帯からそのまま横断しようとし被告車の約三・四米直前で一歩をふみ出したものであるから、これに過失のあることも明らかである。

よつて、被害者君代の過失と訴外笠井のそれとを対比すると、過失の割合は六・五割と三・五割とするのが相当である。そうすると、被害者君代の得べかりし利益は金一、七三七、六一二円、葬儀費用は金一二三、六一八円となる。

4  慰藉料

〔証拠略〕によると、原告三男は被害者君代の夫、原告新一はその長男、原告三代子はその長女、原告きよはその実母であることが認められる。そして、原告らが一家の中心ともいうべき被害者君代を、本件交通事故により突然失つた精神的苦痛はまことに甚大である。そこで被害者君代の過失その他諸般の事情を斟酌すると、慰藉料の額は原告三男に対しては金六〇〇、〇〇〇円、原告新一、同三代子に対しては各金三〇〇、〇〇〇円、原告きよに対しては金二〇〇、〇〇〇円が相当である。

5  損益相殺

そうすると、原告らの被つた損害の合計は、金三、二六一、二三〇円となるが、強制保険から金三、〇〇〇、〇〇〇円受け取つたことは争いがないから、これを差引くと、金二六一、二三〇円となる。

五、〔証拠略〕によると、原告三男、同新一、同三代子が被害者君代の得べかりし利益を三分の一宛相続したことが認められる。したがつて、この相続分、原告三男の出費した葬儀費用、原告らの慰藉料を勘案すると、原告三男は金一三一、二三〇円、同新一、同三代子は各金四〇、〇〇〇円、同きよは金二〇、〇〇〇円の損害を被つたものと認めるのが相当である。

そうすると、被告は原告三男に対し金一三一、二三〇円、同新一、同三代子に対し各金四〇、〇〇〇円、同きよに対し金二〇、〇〇〇円及び右各金員に対する本件訴状送達の翌日たる昭和四二年一二月三日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。したがつて、原告らの本訴請求は、右の限度において正当であるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

別紙

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例